Tomoko Matsukawa 松川倫子

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2つのZPDというフレームワーク

今年の8月、英メディアのBBCが「生きがい ikigai」について記事を出していました。「生きがい」という概念を英語圏の人にどう説明するか考えたこともなかったので「論理的に要因分解するとこういう風になるのか」と勉強になった記事でした。

で、今日のエントリーは「今の自分自身の生きがい」に密接に関連している、二つのZPDというフレームワークについて。ひとつはZone of Proximal Development、そしてZone of Productive Disequilibrium。

人生の、全く別の時に自分が学んだ二つのZPD。前者は子供の発達・学習という文脈でよく使われているもので、後者は組織・社会におけるリーダーが発揮すべきスキル、という文脈で登場する概念となります。たまたま同じ省略形をもつ、この二つのZPD。今の私の自分の仕事・特技・情熱と使命に深くかかわっているものなのでこの機会に整理してみました。

1: Zone of Proximal Development

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まずひとつ目のZPD。

これは日本語では最近接発達領域、または発達の最近接領域と訳されている概念でロシアの心理学者のレフ・ヴィゴツキー(1896-1934)のものです。

端的に言うと「人は他者(※)の存在により、上の図の右上(それまで一人でできなかったものができる状態、能力が高まっていった状態)に進んでいくことができる」という考え方です。ヴィゴツキーは子供の発達・学習という文脈で使っていましたが、個人的には対象者の年齢問わず使えるフレームワークだと思っています。(※)他者:同学年の仲間たち、先生や大人といった周囲の学びのファシリテーター的存在の人たち

参考情報:ヴィゴツキー、発達心理などで検索すると様々な方のブログや関連書籍の情報が見つかります。(例:ブログ:幼児教育とグローバル基準の保育 ヴィゴツキー 「最近接領域」

2: Zone of Productive Disequilibrium

そしてもうひとつのZPD。ハーバードのケネディスクールで30年以上にわたり、実践的なリーダーシップについて教えていHeifetz(ハイフェッツ)教授(1951- )のAdaptive Leadershipというカリキュラム内で登場するもの。彼のクラスは20年以上卒業生からTop級の高評価を継続的に得ていると有名です。

この理論の出発点には、世の中に存在する課題は二種類に分けられるという前提があります。ひとつは専門知識で解決可能なもの。もうひとつは他者を巻き込まないと解決できないもの。

後者の、他者を巻き込んでいく過程では、自分を含めるステークホルダーが皆少しづつ物事の捉え方や行動を変容していくことが特徴的で、Adaptive Leadershipの教えでは、こういった性質をもつ課題に対して、個人として、リーダーシップをどう発揮し行動していくか、ということに重点を置いています。

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上の図ではY軸の上のほうにいけばいくほど課題によってモヤモヤさせられている度合いが高い状態になります。課題解決に意欲的な人からみて「なんとかしなきゃ」が高い状態です。図の(1)~(3)の事例をつかって簡単に説明:

(1) 虫歯

    • 虫歯発見。発見と同時に、課題解決に意欲的な自分の「なんとかしなきゃ」度は急上昇

    • これは専門知識(歯医者)で解決可能な課題

    • 当事者として解決に向けて即座に行動(歯医者予約・治療を受ける)

    • 治療の効果が出るに従い、不安定さは次第に解消されていく

(2) 女性学生比率が低いという課題と家賃補助制度の導入の話

    • 現状の女性の学生比率が「理想的な水準」に比べて低いという認識を抱く。と同時に、大学側(課題解決に意欲的)は「なんとかしなきゃ」度UP

    • これは解決策として有益な専門知識が存在しないタイプの課題

    • 解決に向けて「女性学生のみ家賃補助の導入」という施策を実施することを決定

    • 施策決定、導入決定により、短期的に「なんとかしなきゃ」といった不安定さは下降(※)

(3) 組織変革の成功事例、夫婦・家族間での長年繰り返されていた課題を一緒に解決できた事例、など

    • これも解決策として有益な専門知識が存在しないタイプの課題

    • 解決しようとしている当事者を含むステークホルダー全員が解決への道筋に巻き込まれていく(=リーダーシップを発揮している人がほかの人を巻き込んでいく)その過程で様々なステークホルダーの、それぞれの既得損益、過去の成功体験などから裏づけされている信念、といった複雑な力学が表面化されていく

    • 様々な力学のぶつかり合い、不均衡、不安定さが生まれる。その一方で、力学が全く見えない状態よりは課題解決という目的に対して生産的となる可能性も生まれる。そんな微妙なバランスを保った場所がZPD。

      • ZPDの下限である「変化に必要な『しきい値』」を下回ると:「もういいよ、解決なんて無理だし、とりあえず応急処置・妥協案で」だったり「そのことについては考えたくない」というシナリオに

      • ZPDの上限である「我慢の限界」を上回ると:「ストレスがたまりすぎて思考停止になる」であったり「絶望感に覆われる」。これも解決にはつながらない

      • 真の意味での課題解決策に近道はない、大切なのはZPDを作り出すリーダーシップ、ZPD内をnavigateしていく力、他者をZPD内に呼びこみ、共に大きなゴールに向かってもらうために必要な巻き込む力。

参考情報:アダプティブ・リーダーシップなどで検索すると日本語でもいくつか情報が見つかります。(①:英治出版書籍「最難関のリーダーシップ~変革をやり遂げる意志とスキル」(ハイフェッツ教授の本の邦訳)、②:ケネディスクールに留学されていた方のブログ:We Are What We Choose "Adaptive Leadership"

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※ (2)に関する個人的な感想と予測

この手の課題の解決にはステークホルダー(※)の巻き込み・意識や行動変容が必要なので、女性学生比率は結果としてそこまで上昇せず、しばらくしてから同じ議論がされ、別の施策探しが始まる、ということで(3)じゃなくて(2)としてこの事例を使っています。数年後に結果が分かると思います。

(※)この課題においてのステークホルダーは受験前の段階にいる女性学生、その家族、学校側、学校在籍中の体験・Value Propositionのデザインのあり方、卒業後の就職市場、そして日本国内での高学歴女性を取り巻く恋愛・結婚市場・・・それぞれで今何が起きていて、何が重視されていて、その背景は何で、・・・ということを細かくみることで「どういうきっかけだとこの人たちは動きそうか」→「施策デザイン」→「その検証」→試行錯誤、といったレベルの「巻き込み方」が求められるというのがAdaptive Leadership論を応用させて考えてみたケース