ファーガソン (Ferguson)の事件が今までと同じようで違うとこ
ファーガソン事件再び
ファーガソンの事件の判決結果後のデモの話でやや騒々しいThanksgiving週末前のマンハッタン。職場から離れているので直接見てはいないけれど、タイムズスクエア付近でもデモ行進が起きていたとのこと。数日前にオハイオ州で12歳の黒人の子が警官に撃たれて亡くなったこともあったので、この流れは連休中も続きそうな予感・・(参考:日本語の記事だとこちら「ファーガソンの白人警官、大陪審は不起訴 黒人少年マイケル・ブラウンさん射殺事件 抗議デモ再燃か」The Huffington Postより)仕事でのピークだった2ヶ月強がようやく終わりに近づき、少し世の中で起きていることに目を向けるゆとりが出き始めた矢先のこの騒ぎ。少し改めて整理してみようと思います。
ちなみに「銃」に関する話がニュースのヘッドラインを飾ることはアメリカではしょっちゅうありますが、同じ「銃」の話でも、2012年の12月に起きたコネチカット州の小学校での乱射事件後と今回は論点が異なります。あの頃も全米中で「銃」に関する議論が行われていましたが、当時は主にアメリカ国内の話/銃規制に関する政治的な話がメインでした。それが今回はいつのまにか世界中から注目されるような別の論点を抱えている事件に発展してしまっている印象です。(過去エントリ-:「乱射事件から考える3つのこと」)
最初は人種問題だったはず
ファーガソンの事件が起きたのは今から3ヶ月程前。武器を持っていなかった黒人の男性を白人の警官が射殺したという事件でした。そこから容易に想像がつくように当初から焦点になってたのは「黒人vs白人」「(武装していた)警官vs(銃を持っていなかった)市民」「(警官が相手を射殺したことの)正当性の有無」「実際にその場で何が起きていたのか(正義)」といったことでした。
2012年に似たような事件がフロリダで起きたのですが(そのとき撃った人は警官ではなく、近所のボランティア警備員的な立場の人)そのときも全体的に同じような切り口で議論が繰り広げられていました。(17歳の黒人高校生を射殺した白人男性は結局その後釈放[参考])
ちなみにこの記事には、2010年から2012年の間に警官に射殺された15-19歳の黒人:白人比率は21:1であるというデータが紹介されています。似たような話は色々なところで見ることができ、フロリダの事件の前にもおそらく似たような事件や抗議デモ/論争は何度も国内各地であったのだろうと推測できます。
でもファーガソン事件はいつのまにか全米問題どころか国際社会から注目されるような事件に発展してしまっています。今回は何が違うのでしょう。なぜ、白人である私の同僚がタイムズスクエアでのデモへの参加を社内で話していたのでしょう。
民主主義や人権に関わる問題へ?
ミズーリ州のファーガソンという人口2万人の小さな街で起きていることに世界が注目するようになったきっかけは、おそらく射殺事件直後の抗議デモに対する地元の警察隊・州の対応の在り方にあったと思われます。(そしてそのスタイルは今週のデモ再燃時も変わっていないように見受けられます)抗議デモに参加していた一般市民やジャーナリストに対して(彼らが両手を挙げていて無抵抗な姿勢を見せていても)容赦なく催涙ガスや装甲車を使用した彼ら。
本来市民を守る立場であるべき警察。近年アメリカの警察が軍隊化していることに対する懸念。(この事件のさらに3ヶ月前にThe Economistは「Cops or soldiers? - America:s police have become too militarised」という記事を書いていました)
そんな外部の気持ちをよそに、警察側は発砲した警官の名前をしばらく公表しなかったり、射殺された18歳の男性のイメージダウンになりかねない防犯カメラ映像を公開したり。デモ隊の一部は暴徒化、そして更に武力を使った市民抑圧は続く。そんな中州知事が取った対策は夜間外出禁止令の執行。
「権力を持った者」に対する不信感が募り、・・・次第にファーガソンの話は当初の「(黒人 vx 白人といった)人種問題/平等主義の問題」の話から、「民主主義」の話や「人権問題」の話にまで広がって行ったような気がします。
今回の判決までの間少し下火になりつつあったような印象だった「ファーガソン」は、概念レベルで世界各地でしっかりと広がって行き、その3ヶ月の間にパレスチナ、香港、エジプト、ウクライナ&ロシアといったところで「(なんらかの人権が侵害されている・そう信じている)市民」vs「権力を持った者」の構図が出てくる度に「Ferguson」という単語が記事の文中にサラリと含められるようになった印象すらあります。
アメリカのこれから
そして、今回の判決。不平等の是正/正義を求めていた人達からすると更に「権力を持った者」に対する怒りや失望感が助長されるきっかけになってしまったと思います。(もちろん「人種問題」が中心にありますが、それに対するリーダー達の対応へ矛先が向いていいます。アメリカという国の在り方に注目が向いています。大統領の立場にいるオバマ大統領の在り方に批判も出ています。ロシア、中国いったところからは早速「アメリカ批判」という形での反応がでています。「From Cairo to Moscow: how the world reacted to Ferguson(Guardianより)」前回は北朝鮮からも声明が出ていました。普段アメリカにあれこれ言われている国達にとっては強気になれる良い機会ですし。
既に支持率低下でただでさえ色々厳しいオバマ大統領。海外からの信用低下はなるべく最小限に食い止めたいところ。また、それ以上に、自国の国民にあまり幻滅されないような何らかの着地点を関係者で模索してほしいものです。
起きてしまったことは変えられないけれど、これからのことは自分達次第なのだから・・。そんなことを思ったファーガソン事件です。
現在進行中。(まだ全体像をあまり掴め切れていないので追加で学んだら追加更新します)
やや難しい記事ですが参考に:Barack Obama, Ferguson, and the Evidence of Things Unsaid