レーガン元大統領の娘による、ブルース・ウィリスの家族へのメッセージ

ブルース・ウィリスさんの家族が、本人が患っているのは「前頭側頭型認知症」だということを2月16日に発表した。そのコミュニケーションは、前頭側頭型認知症に関係する「The Association for Frontotemporal Degeneration」という団体のWebサイト上で行われた。

彼の家族メンバー七人全員の連名で締めくくられたその発表を私が知ったきっかけは、ロナルド・レーガン元大統領の娘であるパティ・デイヴィスによるニューヨーク・タイムズ紙への寄稿文だった。

Bruce Willis, My Father and the Decision of a Lifetime
ブルース・ウィリス、父、そして生涯をかけた決断 by
パティ・デイヴィス
2023年2月18日 ニューヨークタイムズ紙


パティ・デイヴィスは俳優であり作家であり、父親であるレーガン元大統領が晩年アルツハイマー病と闘ってきたときの自分の体験や、その体験から得たものについてオープンに話してきたことで有名な人。それ以外にも、虐待を受けて来たという体験談や、両親との複雑な関係性について書いた自伝などでも知られている。前者に関しては、こんな感じに日本語に訳された記事もある。

元米大統領ロナルド・レーガンの娘が語る、アルツハイマー病と診断された父から学んだ「勇気」
精神的に限界だった彼女を助けたのは、アルツハイマー病と闘う父親の勇姿だった
2021年10月5日 BAZAAR

「父の病気がわかった時、私はもっと暗い道に入っていくことになるのだろうと思っていたのですが、実際はその逆でした。『父はこれほど勇気と品格を持って立ち向かっている。それと比べれば私の絶望など大したことではない』と思いました」

そんな彼女が、自身の体験を振り返りながら、ブルース・ウィリスの家族の置かれている環境やこれから体験していくであろう道のりに思いを馳せながらメッセージを伝える、そんな内容の記事だった。

ここまで著名な人が自身の病気について公表とするということ。それをすることのインパクトと犠牲の狭間に立つということ。そして、病気と闘っている本人の横にいる家族として生きるということ。

特に家族の立場としては、病気と闘っている本人と、運命をある意味共にする状態になるにもかかわらず、完全に相手が体験していることは理解できないという難しさを体験することになる。

それらを自分自身が体験した彼女だからこそ、ブルース・ウィリスの家族の行動を見て、想うことがあり、伝えたいことを言葉にしたんではないだろうか、そんなことを想像させられる内容だった。

と、同時に彼女はアルツハイマーと前頭側頭型認知症の違いについて言及しながら、自分の理解や想像の限界があることについても触れていたり、

Bruce Willis and his family may have a harder road to travel than my family did. Frontotemporal dementia is radically different from Alzheimer’s. People with the condition can become unrecognizable in their outbursts, their aggressive and voracious behavior.

ブルース・ウィリスとその家族は、私の家族よりも険しい道を歩むかもしれない。前頭側頭型認知症は、アルツハイマー型認知症とは根本的に異なっていて、この病気の人は、暴れたり、攻撃的な行動で、もとともとの本人とかけ離れた行動をすることもあるからです。

最後には、ブルース・ウィリスの家族に対して、また、今回の発表を受けて影響を受けたであろう似た境遇を経験している人たちに対する以下のようなメッセージで締めくくっていた。

My hope for Bruce Willis’s family, as they go down this unpredictable and heartbreaking road, is for those around them to know that simply being there is often all you can do. There is no sidestepping the grief, the pain, the helplessness. There is just, maybe, a human wall of comfort to lean on.

ブルース・ウィリスの家族が、この予測不可能で胸が張り裂けそうな道のりを歩む中で、彼らの周囲の人々は、「ただそこにいる」ことしかできません。悲しみ、痛み、無力感を回避することはできません。ただ、周囲にいる人が「ただそこにいる」ことが、彼らが必要な時に寄り添える人間の壁を作ってくれるかもしれないのです

I experienced that, I felt it — the concern and compassion of strangers who took time out of their lives to think about us, to care about how we were doing. And there are others whom the Willis family will never meet, other families who have been invaded by this cruel disease, who today feel a little less lonely because of the decision to announce a diagnosis that rips your soul apart.

私はそれを経験し、感じました。私たちのことを考え、私たちがどうしているかを気にかけて、生活の時間を割いてくれた見知らぬ人たちの心配りと思いやりです。そして、ウィリス一家が魂を引き裂くような診断を公表する決断をしたことで、彼らが出会うことのないかもしれないこの世界で生きる他の家族、この残酷な病気に侵された他の家族が、今日、孤独を少し和らげたと感じているのです。

empathyが溢れているメッセージとはこういうものか・・そんなことを考えさせられる彼女の手紙を見ながら、

  • 確かにブルース・ウィリスの家族による発表のおかげで自分も前頭側頭型認知症という病気について意識するようになったな、と感じたり、

  • また、彼女の手紙のおかげで、認知症やアルツハイマーに向き合っている家族たちに対して自分自身も想像力を働かせるきっかけになったな、と感じたりした。

参考:ブルース・ウィリス(67)が発症した「前頭側頭型認知症」 性格一変、行動障害、失語も…同じ病の患者家族が語る闘病の難しさ【わかるまで解説】(FNNプライムオンライン)

人生本当に色々なことが起こる。

パティさんがいうように「悲しみ、痛み、無力感を回避すること」はできないのだろう。

でも、それにどう向き合って、どのように生き続けるか、一人一人が持つこのようなストーリーが人と人をつなげていったり、勇気や希望をほんの少しづつ分かち合うことにつながったりするのだろう。

そんなことを考えさせられた。

過去エントリー:Being interestingではなくbeing interestedでいるために

最近、「悲しみ、痛み」の原体験を持っている人やその家族へ思いを馳せるきっかけとなるニュースを目にすることが続いた。

  • メンタルヘルスを取り巻くこの国の支援のあり方が崩壊していることが痛感される、読み進めるのが切ないけれどパワフルなジャーナリズム:Ian Fishback’s American Nightmare - He was a decorated soldier, a whistle-blower against torture. Then he was undone by his own mind — and a health care system that utterly failed him. (彼は勲章を受けた兵士であり、拷問に対する内部告発者でもありました。その後、彼は自らの精神と、彼を完全に裏切った医療制度によって破滅した。) - New York Times 2023年2月21日

  • 産後うつよりもさらに深刻な産褥期精神病を抱えていたと思われる母親が5歳・3歳・0歳の子供を殺してしまった事件。その旦那さんによる、事件後のクラファンプラットフォーム上に共有された公開手記。どうやったらこんな強さと愛情を表現することができるのだろう。そんなことを考えさせられたパワフルな内容だった(とはいえ、辛いので、読むことはあまりおすすめしない)

自分の許容キャパを意識しつつも、他の人の感じている悲しみ・痛み・無力感の存在を忘れないようにしたい、そんなことを思ったりする。

過去エントリー:「共感疲労」とセルフマネジメント

参考:empathyとsympathyの違い

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