一命二運三風水,四積陰德五讀書
中国語の諺である「一命二運三風水,四積陰德五讀書」。
もともと母に教えてもらったこれを、最近意識したり、人に話す機会が何度かあったのでメモ代わりのエントリー。
「一命二運三風水、四積陰徳五読書」とは、人の運命や成長に関連する中国文化の世界観と価値観を反映した伝統的な諺と言われていて、人生を左右する要素を、重要度の高さから5つに分けて順番に並べているもの 。人の人生において、あらかじめ決まっているものもあるかもしれない(変えることはできない)けれども、自分たちが意識的に働きかけていける部分もあるのだよ、と、人生と運命を形成する重要な役割を果たす要素を説明したものになっている。 - ChatGPTのアウトプットを元に意訳
この諺で紹介されている5つの要素とは何か。
一命(イー・ミン)
天命または宿命のこと。すべての人には生まれつきの運命がある、という考え方で、それぞれが置かれている状況や人生の方向性において、本人のコントロールの外にある大きな力の働きかけが存在している、という視点。英語でいうdestinyやfateに匹敵。5つのうちの一番最初にくるからといってだからどんな努力も無駄だ、という話ではなく、自分の意識下で、自助努力によって成し遂げられないこと・どうしようもないことがある、と謙虚さを持つことの大切さ。
ここで連想するのは四柱推命(wikipedia)の考え方。生まれた年・月・日・時を八つの文字であらわし、「命式」という図式を作成することから「八字(英語ではBa-Zi)」とも呼ばれている。
ちなみに自分自身は四柱推命曰く、35〜45才の区切りでみても2021年は大変な年だったらしく、そして、45歳以降は働き方を変えることがありそうで、50-60代もずーっと働く、と言われている、笑。他にも私の彼は「火」の人らしく、「土と金」のエネルギーが強い私と、「水」の息子についても色々教えてもらったことがあり、どれもしっくりきてて個人的には奥深い世界だな、と思っている。
二運(アール・ユン)
運や縁のこと。生まれた年月や生まれた場所、家庭環境などによって決まる部分もあると言われていて、運気・運勢には流れがあり、良い時もあれば悪い時もあるという話。
每個人一輩子,無論多麼命苦,都有走好運的時候;無論命多好,都有走霉運的時候(誰の人生にも、どんなに悲惨な状況でも、良い運が訪れる時がある。逆に、どんなに人生が順調でも、悪い運が訪れる時がある)。
自分自身の運の流れのみならず、周囲の環境や社会全体の流れも含まれた話で。今自分の運気や縁の巡り合わせがどういう状態なのかを立ち止まって意識してみることが大切という話や、自分の中で焦る気があったとしても、もしかしたらタイミングは今じゃないのではないのか、という視点の切り替えといったことを考えさせられたりする。
三風水(サン・フェンシュイ)
ここで言われている風水は、自然界との調和を達成し、ポジティブなエネルギーや「気」を引きつけるために物理的な空間の配置を関与する中国の伝統的なアプローチとのこと。良い風水が人の運を影響できると信じられていて、一時期日本でも流行っていた家具の配置とか家の中に何色のものを置く、という話よりも土地の方位であったり、住まいの骨格・図面ベースの話に軸足が置かれている話のものだと自分は理解している(母が何年も学んでいて詳しい、自分たちの賃貸物件を決める時はいつも相談している)。英語ではfeng shuiと訳されていて、下に貼ったポッドキャストにもあるように、英文でも結構コンテンツを見つけることができる。自分の個人的な体験からしても、周囲の事例からも、住環境は住んでいる人の心身の体調や人間関係・仕事・金銭といった分野に影響がありそうだな、と感じるように自分もなってきていて、一見素敵な物件があったとしても、風水的に超NGといったものは意識的に排除しようと心がけている。また、小さな工夫で運勢を好転させることができる、というものがあるのなら、オープンに耳を傾けよう、というスタンスをとっている。
四積陰徳(スー・ジー・イン・ドゥ)
他人からは見えないところで美徳を積んでいくこと。道徳的な行動や考え方を持つということ、他の人が見ていないときでも善行を行うということ。そのような行動が良いカルマをもたらすと信じられているらしい。英語ではaccumulation of yin virtueとかdoing good deedsと訳されている。「他人が見ていないときでも」(陰陽の陰の時)というのがポイント。
五読書(ウー・ドゥ・シュ)
これは文字通り「本を読む」。知識と智恵の追求を指す。中国文化は伝統的に教育と生涯学習を高く評価していてそれが現れるいる部分。英語ではreading/studyingと訳されたり。
ちなみに6以降も色々あるようで(画数の良い名前とか、身なりを整えることや、先祖・神様を敬う心構え、立派な心がけの人との付き合いを大切にすること、健康管理、天職や良いパートナーの存在、などなど)、信じるかどうか、参考にするかどうかは人それぞれであったとしても、こういう諺が存在していて語り継がれているということ自体が興味深いな、と思ったり。一説によるとこの諺は明の時代(1368-1644)から存在している、とのことでこの諺が中国文化で流行ったのは清の時代(1644-1912)とのこと。
p.s. 英語や日本語ではほとんど情報を見つけられませんが中国語のコンテンツはオンラインにいっぱいある