「職場でのDEI」という授業 - 願いと恐れの波の狭間で
今期の授業の一つは職場でのDEIについて。授業のタイトルはManaging DEI in the Workplace。
DEIとは Diversity Equity and Inclusionの略で、日本語ではそれぞれ「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」「Equity(エクイティ、公平性)」「Inclusion(インクルージョン、包括性)」と訳さている
英語圏では最近BのBelonging(帰属性)が加えてDEIBと語られることも増えている
自分は日頃から、このテーマに関わる発信内容に触れている方だとは思うのだけれど、俯瞰的に「お勉強」するのは初めてのこと。このテーマの全体像ってアメリカという国でどう教えられているのかな、そんなことに興味があった。
担当教授は、このトピックに、米国で40年ほど向き合っているアフリカ系アメリカ人。このテーマを授業で教えて初めて30年経つらしい。そんな彼による、全6回の授業が今週始まった。
ある程度経験や土地勘がある人ならわかるように、DEIというテーマは、関わる人たちの論理的な「アタマ」の部分よりも、感情的な「ココロ」の部分を刺激するトリガーの種にあふれているもの。
過去エントリー:自分にとってのトリガー(trigger)を理解する
教授も、この授業を始める前に「全6回の授業の場を心理的安全性のある場にするために」という点を強調しながら、場のベースを整えることを大切にしてくれた。
授業の構成と強調されているポイント
普段15週に渡ってこのテーマについて教鞭をとっている教授が持っている枠はたった6週分。したがって、かなりギュッとしたカリキュラムになっているが、その構成は以下のように整理されている。
イントロ・導入・歴史的背景
DEIのマネージメントが必要な理由①:人口動態の側面から
DEIのマネージメントが必要な理由②:法規制遵守の側面から
DEIのマネージメントが必要な理由③:事業の収益の側面から
DEIのマネージメントが必要な理由④:モラル・道徳の側面から
ベストプラクティス・エビデンスに基づいた解決策
HRマネージャーたちの業務に関わるほぼ全てのこと (★)が職場のダイバーシティ・マネジメントに関わる話であるため、HRMのプログラムに参加している我々は、DEIというテーマの重要性がここ20年の間がビジネスにおいて高まってきている背景や、エビデンス・研究で明確になりつつあることは何かを知っている必要がある、と教授は強調する。(★recruitment and selection, performance appraisal, securing employee rights, establishing fair compensation systems, etc)
そんな初回の授業で印象的だったフレーズたちはこんな感じのもの。
conflict is natural part of the process because everyone fears change 人は変化を恐れるものなので、コンフリクトが発生することは自然なこと。
pushback is part of the process 反発は(変化の)過程の一部。
hate and fear are taught. best DEI initiatives are those that ‘untaught’ you. it is a process of careful untaught. 何かを憎むこと・恐れることは私たちが習得したこと(生まれた時は誰もその感情は知らない)。ベストなDEIの取り組みは(我々がすでに身につけてしまった憎しみや恐れを)アンラーンすることを手伝ってくれるもの。身につけてしまったことを慎重に学び直すプロセスを支援してくれるもの。
laws and initiatives are as good as the people implementing and reinforcing 法律や各種プログラムなどの有効性は、その旗振りをしている人たちの器で決まる。
米国は米国特有の歴史や法規制の存在があったりするので、日本に引き寄せて考えることが難しい部分もなきにしもあらず。とはいえ、システム課題にどう各種プレーヤーが向き合って模索しているか、という話は色々な示唆がありそうだとも感じている(特に人間の心理の部分とか)
人間の願いと恐れの波の狭間で
教授が初回の授業で強調していた「本質的な変化が起きているときというのは抵抗感が発生する」という考え方は以前ブログで書いた、ZDPのことや、ポッドキャストで話していた成長痛のことを連想する。
過去エントリー:2つのZPDというフレームワーク
過去エピソード:#021 - コンフォートゾーン
人間がもつ「恐れ」と「願い」というものが、行動の強い原動力になる・・・、ということはアキュメンでもコーチェットでも考えることが多いテーマだった。
変化を恐れる気持ち
他者との繋がりを願う気持ち
自分という人間が承認されることを願う気持ち
すでに有するものを失うことを恐れる気持ち
これらが原動力となって素晴らしいことを成し遂げる時もあるし、自分や周囲を不幸せにするような行動をしてしまうこともある。そんな様々な願いと恐れの荒波が渦巻く中で、この国のビジネスリーダー・組織たちはどういうことを試してきて、何を学び、これから何をさらに学んでいく必要があるのだろうか。
2020年のBLM再燃や、その前に始まった#METOOの動き、さらに、その頃米国という国のトップとして存在していたトランプ氏の在り方やそのインパクト。色々な材料が化学反応を起こしながら、ここ数年この国でDEI推進の動きは進んできた。それが今少し変換点を迎えている。(そんな社会の空気を象徴する今月のNYT記事の例:‘America Is Under Attack’: Inside the Anti-D.E.I. Crusade、D.E.I. Goes Quiet)
過去エントリー:#BlackLivesMatterが再燃している2020年6月にニューヨークで思うこと
過去エントリー:2018年の秋、トランプ政権下でビザ問題に想いを馳せる
長い間このテーマに向き合っていた教授は、こう言っていた。「大きな変化というのは小さな前進と後退の繰り返しで起きていくもの。システム全体においては慣れ親しんだ既存の状態を維持する方向に力は働きがち。変化を起こそうとおもったら、少し前進したからといって安心してアクセルを踏む足を緩めてはいけない。」
9人のコホート仲間のうち、私を含む2人はアメリカ育ちではなく、この国の人種にまつわる歴史やそれを起因している複雑な課題については後から学びつつある状態。一方で残りの7人は、おそらく米国で生まれ育ち、色々な形で学んだことや当事者として感じていることがあるはず、そんな構成になっている。男女比は1:8。
表面上の「多様性」はもちろん、一見外からはわからない、それぞれ様々な「多様性」を代表している、教授を含む10人。そんな仲間を通じた学び合いの旅、のんびりと、オープンマインドでインプットの吸収・アンラーニング、日本組織への応用の是非の見極めなどを意識したい。