セサミストリートのこれからを想う、2025年の春(+Blueyの話)

10年以上前ハーバード教育学大学院で、セサミストリートとその制作母体である非営利団体「セサミワークショップ」について、それまで知らなかった多くのことを学んだ。

その時の衝撃については、以前このブログにも書いたことがある。教育とエンターテインメント、そして社会的ミッションのバランスを取りながら、何十年にもわたって揺るぎないブランドを築いてきたセサミストリート。

ずっと尊敬してきた存在だ。

だけど今、そのセサミを取り巻く環境が大きく揺らいでいる。

セサミの現在地にある変化

まず、2016年に始まったHBOとの配信契約が、更新されない、という話が昨年末に発表された。

参考:HBO to no longer air new episodes of Sesame Street on Max

これまでの既存エピソードは2027年いっぱいはHBOのMaxで配信はされるものの、新しいエピソードがどこから配信されていくのかは今日の時点ではまだ決まっていない。ストリーミング会社も競争が厳しくなり、以前のようにユーザー数が多ければ赤字でもOKという状況ではなくなっている。

この契約では過去10年ほど、毎年3000万〜3500万ドルの放映権をセサミは受け取っていたという。それがなくなってしまう

加えて、新政権の方針を背景にした支出削減の影響も不可避と言われている。

元々創業期から掲げている目的のために、セサミは(新しいエピソードはMaxで配信しつつも)公共テレビであるPBS(教育チャンネルのようなもの)を通じて、コンテンツを配信してきていた。そのPBSへの政府の助成金が減らされるであろう、というのが今の方向性となっている。これも打撃となる。

今年に入ってセサミは先日人員削減を発表した。

参考:Sesame Street Faces Layoffs, Funding Cuts, and Unionization All at Once

今のタイミングで出ている記事のタイトルからも同社の置かれている状況の厳しさが伝わってくる

そんなセサミの将来を扱ったポッドキャストのエピソードもちらほらと。

さらに、これは新しい話ではないけれども、セサミが先駆者として開拓してきた「Edutainment(教育×娯楽)」という市場に、強力なプレイヤーが多数存在しているという構造的な問題もある。Bluey, Ms. Rachel, Cocomelon。他にも Daniel Tiger, Peppa Pig, Alma’s Way…・・英語圏だけでも色々手強いライバルが存在している。

「子どもが惹きつけられつつ、親としても安心できる」 「時代のニーズを反映した教育ニーズに応える」— そんなEdutainmentコンテンツが、今はセサミが始まった1969年〜とは比べ物にならないくらい、たくさんある時代になってしまった。

セサミの存在感が相対的に薄れてきていること自体、別に不思議ではない。

うちの子も、2歳くらいまではセサミがかなり好きだったが、今はほとんど見ていない。

時代は変わる。プレイヤーも増える。そして「変化にどう適応していくか」が、どんな組織やブランドにも求められる。セサミは今、まさにその問いに直面しているのかもしれない。色々変化をつけたり新しい取り組みもしてきていたようだけれども、残念ながらそこまで大きなインパクトにつながっていない印象を受ける。

Blueyの静かな強さ

特にここ2年ほどで自分が感じているのが「Bluey」の強さ(https://www.bluey.tv/)。2018年に始まったオーストラリアの番組で、未就学児とその親を対象にした人気番組だ。エピソードは7分。その限られた時間で毎回オチとなる学びを届けてくれる設計になっているのがポイント。

子どもはもちろん、親たちへの訴求力もものすごい。

私のSNSフィードも、知らぬ間にBluey関連の投稿がどんどん流れてくるようになった。じわじわと心に刺さるものも多い。

下のスクリーンショットはBluey ママがパパに伝えるメッセージ。子育てというプロジェクトに取り組むパートナーシップのところまで入ってくるBluey。子育て層にとって、こういった“親にも沁みる”コンテンツは強い。

セサミは、これからどうなるのか

話は戻りセサミについて。
エビデンスに基づくリサーチを背景に持つ、教育系NPOとしての姿勢。今も変わらず尊敬している。

でも、社会のために良いと思って信念を持って行動し続けてきても(60年以上!)外部環境の変化の波は押し寄せるし、資金をはじめとするリソースを調達し続けなければ、目指しているインパクトを生み出すことは難しい。そんな厳しい現実を考えさせられるケーススタディ。

だからこそ、この大きな変化の波をどう乗り越えるのかが気になっている。

2025年3月の今。セサミがこれからどんなかたちで親や子どもたちにこれから届いていくのか、その未来はまだ全く見えない。
尊敬する存在のこれからを、少しドキドキしながら、でも信じて見守っている。

過去のエントリー

Previous
Previous

第二子妊娠・出産と向き合う中で出会った整体ELDOAのこと

Next
Next

Cycle of Transformation(自己変容のサイクル)を生きる・伴走するということ