Tomoko Matsukawa 松川倫子

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「コーチのためのメンタルヘルスリテラシー講座」での気づきの一つ

コーチング実践者のためのリソースの一つであるInstitute of Coaching

ハーバードのメディカルスクールに関連している組織でInstitute of Coachingというものがある。正式な設立は2009年で

“to cultivate the scientific foundation and best practices in coaching..” - Institute of Coachingのウェブサイトより

を、ミッションに掲げている団体だ。

その前身は2006年始まった「The Coaching and Positive Psychology Initiative (CPPI)」で、ポジティブ心理学の分野での先端の知見をヘルス・ウェルネスの分野に特化したコーチングの実践に生かせるように、というミッションをもって、寄付をもとに設立されたものらしい。

そんなInstitute of Coaching(以下IOC)がメンタルヘルスに関する特集をメールマガジンにいれてきたのは昨年の秋だった。他の先進諸国同様に、この国でも、メンタルヘルスの問題はコロナのずっと前から社会問題になっていたが、コロナの影響もあってかここ2-3年では本当に至る所で語られるようになっている。リーダーシップ育成の文脈はもちろん、学校教育やヘルスケアの文脈でも頻繁に取り上げられるようになっている、そんな中のIOCからの発信だった。

CDC (U.S. Center for Disease Control) research shows in 2022 that upwards of 50% of the adult population will be diagnosed with some form of mental illness during their lifetime.(CDC(米国疾病対策センター)の調査によると、成人人口の50%以上が生涯に何らかの精神疾患と診断されることが分かっています。)

In any given year, statistics indicate that 20% of the population suffers from a mental health challenge. In the wake of the pandemic, these numbers have increased exponentially(どの年においても、人口の20%が精神衛生上の問題に苦しんでいるという統計があります。パンデミックの後、この数字は飛躍的に増加しています。)

Mental Health Literacy for Coachesという新しいオンラインコース

IOCがそれまで2年かけて企画・開発・制作をしていた「コーチのためのメンタルヘルスリテラシー」の講座(オンラインコース)が開講する。そういう内容だった。コースはマイペースに受講をすることができるオンデマンドタイプのもの。

This course is a must for all coaches, no matter your field of expertise.(このコースは、専門分野を問わず、すべてのコーチに必修のコースです) - とマーケティング目的のメールに書かれていたオンラインコース。

内容は、うつ病、不安神経症、トラウマ、双極性障害、依存症/薬物乱用という、メンタルヘルスにまつわる5つのテーマに関して、一つ一つについて2時間弱の時間を使って学んでいき・振り返りをしたりする構成になっている。詳しくはコースの登録ページへ。

このエントリーを書いている段階では自分は「うつ病」のモジュールの受講が終わったところなのだけれど、このコースの導入部分にあった内容で印象的だったmental health continuumというフレームワークのことを忘れないようにまとめておく。

Keyesによる考え方:精神疾患と精神的健康は関連しているが、異なる次元である = Mental Health Continuum

このコースの冒頭で紹介された、メンタルヘルスに関する基礎知識の中で一番印象に残ったのがCorey Keyesという社会学者・心理学者の提唱したMental Health Continuumという考え方だった。

そこでは

精神疾患(mental illness)と精神的健康(mental health)はそれぞれ異なる次元にある

という説明がされていて、「精神的に健康という状態は、うつ病や不安神経症などの精神疾患がないこと」と同じ次元の上でグラデーションになっているのだと思っていた自分にとっては目から鱗の考え方だだった。

彼のこういった考え方が初めて紹介されたのは2002年で、その時Keyesは「mentally health(精神的に健康)な状態とは」も一緒に整理している。そこで、精神的に健康という状態は「精神疾患が存在しない」とはイコールではない、という見方を提唱した。

Keyes. (2002). The Mental Health Continuum: From Languishing to Flourishing in Life. Journal of Health and Social Behavior, 43(2), 207–222. https://doi.org/10.2307/3090197

そして2005年には25歳から74歳の、3000人の成人のデータをもとに「精神的に健康であるとは、単に精神疾患がないだけでなく、精神的に健康であるために必要な要素が存在する完全な状態であると考えるのが最も適切である」という結論も導き出していた。

Keyes, C. L. M. (2005). Mental Illness and/or Mental Health? Investigating Axioms of the Complete State Model of Health. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 73(3), 539–548. https://doi.org/10.1037/0022-006X.73.3.539

2022年にリリースされたIOCのコースで取り上げられるくらいだから、その世界の人たちにとってはある程度知られていて・納得感を持たれている考え方なのだろうと想像する。

そんな彼のフレームワークを視覚的に以下再現してみた。

精神疾患・障害と精神的健康は違う次元にあるのだよ、ということと、同時にKeyesがペーパーのタイトルに使っていたFlourishingとLanguishingの位置関係が伝わってくるビジュアルになっている(ちなみにflourishingとlanguishingnの間の状態はmoderate(中庸)となるらしい。)

上記の2002年の研究では

  • 右上の「精神的に健康」な状態にいた成人は全体の17.2%

  • flourishingとlanguishingの間にいた人が56.6%

  • 右下部分の「モヤモヤしている」けれど「精神疾患があるわけではない」人が12.1%

  • 左側部分の「精神疾患はある(過去12ヶ月の間にDSM-III-Rで定義されるmajor depressive episodeがあった)」は14.1%

    • うち、左下の「モヤモヤしている」にも当てはまるのは4.7%

    • 全体の9.7%は「モヤモヤしている」わけではなく、「精神的に健康である」だったり「中庸で在る」けれども精神疾患はある成人、だった

“Findings revealed that 17.2 percent fit the criteria for flourishing, 56.6 percent were moderately mentally healthy, 12.1 percent of adults fit the criteria for languishing, and 14.1 percent fit the criteria for DSM-III-R major depressive episode (12-month), of which 9.4 percent were not languishing and 4.7 percent were also languishing.” Keyes. (2002). The Mental Health Continuum: From Languishing to Flourishing in Life. Journal of Health and Social Behavior, 43(2), 207–222.

精神的健康と精神疾患を別次元で捉えるモデルが存在していなければ、右下(全体の12%)と左の中〜上部分(全体の9.7%)に属する人たちについては存在にすら気づくことはできなかったわけで、次元を別にして捉えることで見えてきたことに意義があるとされている(らしい)

このフレームワークを意識しながら、自分の人生を振り返ると、自分自身が左下、左上、右上、右下の象限にいたときのことがなんとなくイメージできるな、と思わないわけでもない。実際Keyesは長い人生の中で、我々は、色々な象限に在ることがあり、それは自然のことだという考え方をもっているらしい。

Languishingという状態 - 今まで呼び方がなかったことに名前がつくことの効用

ちなみに、この「精神疾患があるわけではない、モヤモヤした状態」に使われているlanguishingという単語は一度見たことがあった単語だった。

コロナ禍で一部自分の周りで話題になっていたNew York Timesの記事がきっかけだった。書いたのは、組織開発やリーダーシップ開発の文脈で有名なAdam Grantだった。

There’s a Name for the Blah You’re Feeling: It’s Called Languishing The neglected middle child of mental health can dull your motivation and focus — and it may be the dominant emotion of 2021. - April 19, 2021 New York Times

コロナ禍でモヤモヤしていたときにこの記事が出て、多くの人が「そうか、そういうものだったのか、自分が感じていたのか!」という感想を抱いて共感を呼んでいたのを思い出す。

「プチ鬱」とか「メンタルヘルスが損なわれている」みたいな形でメンタルヘルスに関わる発言が一般化してきた中で、逆にビッグワードで覆われてしまって見えなくなることや伝わらなくことが増えてくるということもあるのかもしれない。

そんな中で少しだけでも、解像度高く自分たちの精神面での状態について捉えるきっかけとして、このフレームワークはなかなか興味深いな、と思った次第。

IOCのコースの内容はなかなか興味深い一方で、自分が消化するペースは思ったより遅い・・もう少し整理できたらまた別のエントリーとしてまとめたい。


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